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広島高等裁判所 昭和62年(ネ)69号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一、申立

一、控訴人

原判決を取り消す。

控訴人が被控訴人の九六〇口の持分を有する社員の地位を有することを確認する。

訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。

二、被控訴人

主文と同旨

第二、主張

原判決二枚目裏六行目の冒頭から同三枚目表五行目の末尾までを次のとおりに訂正するほかは、同判決の事実摘示(同判決二枚目表三行目から同五枚目裏一行目まで)のとおりであるから、これを引用する。

「2.(一) 仮に、控訴人が被控訴人に対して抗弁のとおりその社員持分を譲渡したとしても、右譲渡契約は、控訴人の意思表示に要素の錯誤があり、無効である。すなわち、右譲渡契約では、被控訴人の葉間田産業株式会社(以下「訴外産業」という)に対する売掛債権四三四万七二〇三円と同額で、社員持分を買い取る旨の合意がなされたが、実は、被控訴人の訴外産業に対する売掛債権は、当時右同額ではなく、訴外産業から被控訴人に対して昭和四三年五月一五日右金額の内金一四二万五三二四円の、同月二〇日同内金一五八万五六〇〇円の各売掛債権が譲渡されていたことにより、一三三万六二七九円に減少していたから、この点を看過していた点において、控訴人の意思表示には重大な錯誤があった。

(二) また、右譲渡契約では、買取代金の決済方法について、控訴人の被控訴人に対する右買取代金債権と、被控訴人の訴外産業に対する売掛債権四三四万七二〇三円と相殺する旨の合意がなされたが、右は、いわば三者間の相殺であり、相殺適状にないことは明らかであり、本来相殺が不可能な債権同士を相殺しようとするものであるから、この点からも、右譲渡契約は無効である。」

第三、証拠〈略〉

理由

第一、社員持分の取得及び係争

請求原因1の事実及び被控訴人が控訴人を社員でないとして争っていることは、当事者間に争いがない。

第二、社員持分の移転

一、乙第二号証の成立

乙第二号証の控訴人名下の印影が控訴人の印章によるものであることは、控訴人においてこれを認めているから、反証のない限り、右印影は控訴人の意思によって顕出されたものと推定されるところ、控訴人はこれを争い、甲第二九号証、原審証人高野茂の証言(第一、二回)並びに原審及び当審(第一、二回)における控訴人本人尋問の各結果中には、亡秀雄及びその意を受けた稗田哲雄らが、控訴人名下を空白にした乙第二号証をあらかじめ用意し、控訴人に対してその書面の内容を見せも告げもしないまま、控訴人から印章を取り上げ、これを右控訴人名下に押捺した旨の記載又は供述部分があるが、いずれも原審(第一、二回)及び当審証人高橋寛登の各証言並びに原審における被控訴人代表者尋問の結果に照らして容易に信用し難い。

なお、甲第二九号証、原審証人高野茂の証言(第一、二回)並びに原審及び当審(第一、二回)における控訴人本人尋問の各結果中には、被控訴人の代表取締役である亡秀雄は、被控訴人の経営不振を打開し、苦境にある資金繰りを乗り切るため、経営順調な控訴人が代表取締役をしている訴外産業の資金を取り込む意図の下に、控訴人に対して、被控訴人と訴外産業の合併を持ちかけ、控訴人がこれに応じたのを奇貨として同会社の資産を取り込み、目的どおり当面の苦境を乗り切った後に、今度は不要となった訴外産業を切り捨てることを図って、控訴人に乙第二号証への捺印を強要した旨の記載又は供述部分もあり、原審(第一回)及び当審証人高橋寛登の各証言によれば、乙第二号証の作成日付である昭和四三年五月二二日の時点は、被控訴人と訴外産業との間で既に合併の合意がまとまり、合意の一部が実施に移されていた段階であったほか、被控訴人の側では、菓子製造機械の販売不振に、摘発された脱税による税の追加納付を迫られていたことが重なって、資金繰りが一時逼迫していたときであることが認められるが、成立に争いのない甲第二〇号証の一、乙第一一号証、原審証人高橋寛登の証言(第一回)により成立の認められる乙第六号証、同証人高橋寛登の証言(第二回)により成立の認められる乙第一二号証の一ないし四、当審証人高橋寛登の証言により成立の認められる乙第一四号証の一ないし三、原審(第一、二回)及び当審証人高橋寛登の各証言によれば、右合併は双方納得して合意に至ったものであったほか、被控訴人の資金繰りの逼迫はごく一時的なもので、被控訴人は、取引先にその所有不動産や機械類を担保に供して支払手形の決済期日の延長を取り付け、その所有不動産を処分して資金を捻出するなど、自力で急場をしのいだことが認められ、右事実からすると、前記被控訴人が訴外産業の資産を取り込んで資金繰りの苦境を乗り切った後、同会社を切り捨てようとしたとの趣旨の記載又は供述部分については、いずれも容易に信用し難い。

その他有力な反証もないので、乙第二号証の控訴人名下の印影は、控訴人の意思に基づいて顕出されたものというべきであり、ひいては、右乙号証の控訴人作成名義部分は真正に成立したものと推定すべきである。

右乙号証のその余の部分については、原審(第一、二回)及び当審証人高橋寛登の各証言並びに弁論の全趣旨により、真正に成立したものと認められる。

二、協定

次のとおり訂正するほかは、原判決の理由説示のうち、同判決五枚目裏末行から同八枚目裏八行目までのとおりであるから、これを引用する。

原判決五枚目裏末行の冒頭に「前掲乙第二号証、第一二号証の一ないし四、第一四号証の一ないし三、」を付加し、同行目の「原告」から同六枚目表二行目の「存在、」までを削除し、同三行目の「第五号証、」の次に「原審証人高橋寛登の証言(第二回)及び弁論の全趣旨により成立の認められる乙第一〇号証の一ないし九、当審証人高橋寛登の証言により成立の認められる乙第一五号証の一ないし三、原審(第一、二回)及び当審」を付加し、同行目から同四行目にかけての「(第一、二回)」を削除し、同行目の「尋問の結果」の次に「並びに弁論の全趣旨」を付加し、同七枚目表八行目の「協定内容は」の次に「、訴外産業が一旦営業活動を中止した以外は、」を付加し、同裏一行目の「することにして」の次に「、亡秀雄との話合の結果、」を付加し、同行目の「被告会社」の次に「社員」を付加し、同行目の「の払戻を受ける」を「を亡秀雄に対して譲渡する」に改め、同二行目の「その」の次に「代金」を付加し、同八行目の冒頭から同八枚目表二行目の「さらに」までを「社員持分の譲受代金として支払う旨の代案を提示したところ、控訴人が応じたので、新たな協定書作成の運びとなったが、当時亡秀雄には手持ち資金が乏しかったため、同人の支払うべき代金を当面被控訴人が立替払することとなり、また、訴外産業が実質的には控訴人の個人会社であったことから亡秀雄と控訴人との間の右社員持分の譲渡の代金決済に、被控訴人及び訴外産業を絡めることとなり、当時被控訴人が訴外産業に対して有する売掛金債権の残存額が四三四万七二〇三円であることを確認のうえ、これと被控訴人が亡秀雄のために立替払する社員持分の譲渡代金とを対当額において相殺勘定とすることとし、その結果、亡秀雄は被控訴人に対して同額の債務を負い、控訴人は訴外産業に対して同額の債権を有することとして事後処理をするなどの合意がまとまり、同日頃その趣旨を書面化するために協定書(乙第二号証)が作成された。右協定書には、右被控訴人と訴外産業との間の相殺に関する記載のほか、」に改め、同四行目の「これらを」を削除し、同五行目の「することとしたこと」を「し」に改め、同七行目から同八行目にかけての「ものであった」を「記載がある。」に改め、同九行目の「この協定案について、原告において同意したので、」を削除し、同裏七行目末尾に「他方、訴外産業の方でも、決算上、被控訴人に対する買掛金債務四三四万七二〇三円の不存在とともに、控訴人及びその妻邦江に対する四三四万九二六〇円の未払金の存在を計上した。」を付加し、同八行目の末尾に「甲第一三、第二九号証、原審証人高野茂の証言(第一、二回)並びに原審及び当審(第一、二回)における控訴人本人尋問の各結果中、右認定に反する部分は容易に信用し難く、他に右認定を左右する証拠はない。」を付加する。

第三、錯誤

控訴人は、抗弁に対する答弁と再抗弁2(一)のとおり主張し、甲第一三、第一四、第二九号証、原審証人高野茂の証言(第一、二回)並びに原審及び当審(第一、二回)における控訴人本人尋問の各結果中には、これに沿い又は沿うかのような記載又は供述部分があるが、前記第二の二の項で認定に供した各証拠に照らして容易に信用し難く、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

第四、相殺

控訴人は、抗弁に対する答弁と再抗弁2(二)のとおり主張するが、協定書(乙第二号証)の相殺に関する条項の趣旨は、前記第二の二の項で認定したとおりであり、それは本来の相殺ではなく、亡秀雄、控訴人、被控訴人及び訴外産業の四者による債権債務関係の処理に関する合意を便宜相殺と表現したにすぎないものと認めるのが相当であり、相殺適状は問題にならないものというべきであるから、右主張は失当である。

第五、自己持分の取得

原判決一三枚目裏末行に次のとおり付加するほかは、同裏四行目から同末行までのとおりであるから、これを引用する。

「なお、前記第二の二の項で認定したとおり、被控訴人の社員持分は、実質的には、控訴人から亡秀雄に譲渡するつもりが、同人の手持ち資金の関係上、被控訴人が一時立替払をすることになったため、形式上は、控訴人から被控訴人に譲渡する体裁をとったもので、その後、亡秀雄から被控訴人に立替金が返済されていることからすれば、ことの実質面からは、何等法の趣旨に反するところはなく、この点からも、譲渡人である控訴人が、ことの形式面のみを理由に、譲渡の無効を主張するのは、明らかに信義に反し、許されないものというべきである。」

第六、取締役会社側の取引

原判決一四枚目表一行目から同末行までのとおりであるから、これを引用する。

第七、結論

以上によれば、控訴人の請求は理由がないから、これを棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担について民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

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